百合ゲームの名作『FLOWERS』シリーズで知られるシナリオライター・志水はつみ氏が百合音声作品ブランド・SukeraSonoとタッグを組んだ『高千穂アキラのレンアイ怪談』が2024年9月にリリースされた。
本作では高校二年生のアキラが、恋人であるユメを怖がらせて抱きついてもらうため、趣味である怪談を披露する。
志水氏が得意とする百合×怪談をテーマにした作品で、じっくりと聞かせる怪談を主としながら、女の子同士の甘い関係も描かれている。
ゆりりかるボイス部では、プロデューサーの古賀秀一氏、演出・ディレクターのさむさん氏、シナリオを担当した志水はつみ氏にインタビューを実施。怪談ならではのこだわりや、怪談に触れるきっかけとなった原体験など、さまざまなお話を伺った。
百合ゲームブランド・SukeraSparo、SukeraSomero、百合音声作品ブランド・SukeraSono プロデューサー。
百合ゲームブランド・SukeraSparo、SukeraSomero、百合音声作品ブランド・SukeraSono 演出・ディレクター。
シナリオライター。代表作はFLOWERSシリーズ、『クダンノフォークロア』など。
ざっくりしたシチュエーションだけを提示して、志水さんに怪談を書いてもらう感じでした
――本作が生まれたきっかけを教えてください。
古賀秀一氏(以下、古賀):『クダンノフォークロア』のNintendo Switch版が出るタイミングで監修などいろいろとやり取りしているなかで、百合音声作品の話になりました。志水さんといえば都市伝説とか怪談が得意なので、こういうのはどうかと提案しました。
志水はつみ氏(以下、志水):そうですね。百合音声作品のことは知っていて、ちょっとやってみたいなと思っていて、怪談はどうかって話になっていった形ですよね。
古賀:音声コンテンツのなかで怪談も根強い人気があるので、それと百合を掛け合わせるのはどうかなってはじまったみたいな。
――その話を受けて本格的にシナリオを書きはじめたのでしょうか?
志水:最初にプロットを出して話しながら、徐々に固めていくって形でしたよね。
古賀:さむさんにも百合と怪談はどういう塩梅がいいのかを考えてもらって。
さむさん氏(以下、さむさん):音の鳴らし方に関してはすごく悩みました、音声作品だからできることを僕のほうで考えてましたね。 色々と方向性を考えて、学校から家に向かって、お泊まりするって流れであれば想定してるパターンのどちらでも制作を進める事ができるし、内容も問題ない。 ざっくりしたシチュエーションだけを提示して、志水さんに怪談を書いてもらう感じでした。
志水:百合音声を作るのは初めてだったので、さむさんの意見を聞いて制作していったわけですが、試行錯誤はかなり多かったですね。
お風呂場怪談とか特に顕著なんですけど、恐怖を助長するような音を入れたいなと思っていたんです。
でも、そこに音をつけちゃうと語りとは別物になっちゃうから、リアルに沿ったほうがいいってこともあって、無くなりました。最初は大丈夫か少し不安だったんですけど、声優さんの引き込まれる語りで怪談らしさは出たと思います。怪談師さんが怪談を語るときでもそういうSEは入れないわけですからね。
怪談をしゃべっている理由自体が百合の関係性になっているんです
――音の面から見ると、今までのSukeraSono作品のなかではかなり、音数が少ない作品ですよね。
さむさん:最初は体験型怪談にしようかなと思っていて、怪談話を聞かせてくれるのは幽霊の女の子っていう設定を提案したんですよ。怪談に入り込んだような演出をして。幽霊の設定もギミックとして使おうと思っていて、いきなり真横から声が聞こえるみたいなものも考えていたんですけど、企画を詰めていくにあたって、今回のキャラクターと舞台設定になりました。
音を鳴らすか鳴らさないかはギリギリまで迷いながらやっていて、土屋さんの収録のときに頭のなかで想像して、これならいけそうだなと思ったので、勇気を出して音が少ない方向で進めました。
――怪談師さんの怪談では擬音を使う場面もありますが、この作品ではそういう場面がほとんどないですよね。
志水:アキラは噺家でも怪談師でもないので、そこは良かったなと思います。怪談に対してリアリティがあがったのかなって。
さむさん:アキラは怪談とか怖い話が好きなだけで、好きな女の子を怖がらせたいと思って話しているので、怪談の技術があるわけじゃないんですよね。収録のときに土屋さんに怪談は好きだったり聞いたりしますか?って聞いたんですよ。怪談師さんのしゃべり方を知っていたらそっちに合わせてしまうんじゃないかと思って。知らないなかで、精一杯好きな女の子を怖がらせる感じでしゃべってもらえればいけるんじゃないかなと思ってやったので、その塩梅はうまく行ったと思いますね。
――そこがふたりの関係性に意味を持たせている部分ですよね。
志水:そうですね。お話を聞かせるところではあるけれど、百合怪談と銘打っているので、その関係性が見えなくなっちゃうのはちょっと違いますもんね。
――志水さんが今まで作ってきたボイスドラマでは百合部分と怪談部分は別トラックになっていましたよね。今回1本まるまる怪談になったことで難しさはあったのでしょうか?
志水:今回は怪談に重きを置いて、怪談8:百合2ぐらいの割合でいいですか?って話をして、さむさんからそれでもいいんじゃないかって話を頂きました。ふたりの関係性がないとただ怪談をしゃべっているだけになっちゃうので、他の作品もいろいろ書いてきていることもあって、ちょっと妙と言いますか少ないところでも見せることはできたのかなと思うんですよね。
さむさん:アキラの下心が前提としてあるので、怪談をしゃべっている理由自体が百合の関係性になっているんですよ。なので、志水さんにガッツリ怪談を書いていただいて、ふたりでいちゃいちゃしている部分が少なくなっても大丈夫な設計にできたかなと思いますね。
自分が完全にオカルトはあるなって体験をして、そこからのめり込んだんです
――志水さんはさまざまな恐怖体験をされていると思いますが、本作には実体験も含まれていますか?
志水:トランシーバーさん(EP02:心を込めて火をつけて)、夢の話(EP03:いつもと違う場所だから)とか、基本的には元ネタありきで書いてますね。お風呂場怪談もそうなんですけど、湯船で手をつかまれたのには驚きました。※pixivFANBOX(リンク)では詳細な制作経緯が明かされている。
完全にオカルトはあるなって体験をして、そこからのめり込んだんです。
小学生のころはあんまりじっとしていられない子どもだったんです。それを親が心配して、拝み屋さんに相談しに行こうかとなったんです。拝み屋さんってちょっと胡散臭い感じがあるんですけど、自分の地域だと珍しい話じゃなくて、近しい存在だったんですね。そのときに拝み屋さんから、この子はちょっと魂がぶれてるからしっかりさせるためにお稲荷さんを憑かせるって話をされて、自分のなかに降ろしてもらったんですよ。
それで落ち着いたのかは定かじゃないんですけど、ずっと入れっぱなしにするわけにもいかないので、1週間後に拝み屋さんに返しにいくことになったんですね。拝み屋さんの家はすごい豪邸だったんですけど、そこに着いた瞬間に早く帰りたいって廊下でバタバタ暴れたらしいんです。それで親が怒ったんですけど、げんこつするわけにいかないし、ビンタするわけにもいかないから手の甲でバシッと叩いたらしいんです。そしたらみるみるうちに手の甲が蜂に刺されたみたいに腫れた。それを拝み屋さんに見せたら、今そのお子さんの体にはお稲荷さんが入ってるんです。神様の使いが入っているのに叩いちゃったんで罰が当たったんですって。それで拝み屋さんが母の手を取って、ふっと息を吹きかけて手の甲をこすったらみるみるうちに腫れが治っちゃったんですね。1日経ったらとかじゃなくて、その場でスッと治っちゃった。母も自分もびっくりしちゃって、それでこういうことは本当にあるんだなと思いました。
お稲荷さんがなんでそんなに暴れたかっていうと、自分とすごく相性がいいらしいんですね。この体を出たくないってことで。だから今も旅行で京都に行ったときはお稲荷さんのところに行って拝んだり、自宅の神棚に木札をもらってきて拝んだりしてます。
そういうベースになる体験があって、自分の体験とか友だちから聞いて怖かった話が入ってますね。黒電話の話(EP01:放課後の怪談)は父方の実家で本当にあった話です。子機を戻してなくて、なんで戻さないのって聞いたら亡くなったお兄ちゃんとつながってるから、切ったら話ができなくなっちゃうからだよって言われて。そんなこと本当にあるのかなと思ってみんなが見てないときに聞いてみたら、小さい子どもの声でぼそぼそしゃべっていて、うわ!本当だって思って。そういうのが原風景としてあるんですよね。
今まで培ってきた自分の恐怖体験とか読んできたものが書かせてくれました
――ここからは各トラックの話を伺います。「EP01:放課後の怪談」は雨が雰囲気を作っていますよね。
志水:怪談では風や雨は絶対入れたいんですよ。不思議なことが起こるときには必ず強い風が吹いてたりとか、雨が降ってる教室のなかだから空間が止まって起こるみたいな。日常と彼岸の間に特別なことがあったってことにしたいんですよね。そういうところにこだわってます。
――雨の音についてはどうですか?
さむさん:僕が外の音で気にするのって聞こえ方なんですよね。あんまり鮮明すぎると室内なのか外なのかわからなくなるので。実際のデシベルの話ではないんですけど、人の話を聞いているときの雨の音って、実際に鳴ってる音より小さく聞こえるんです。なので、実際はこれぐらいの音量なんだけどなって思われるかもしれないですけど、もう少し小さめにしてくださいとかそういう指定はさせてもらってます。
――この怪談の1番の肝は言葉の仕掛けだと思うんですが、シナリオはそこから逆算して書いたのでしょうか?
志水:実は決めてないんですよね。作品が書かせてくれたところがありまして。怪談って全部かっちり決めて書いちゃうと完全におもしろくなくなるんですよ。だから大体5割ぐらい決めて、残りはライブ感というか自分の内から生み出されたもので書かないといいものは生まれない。今まで培ってきた自分の恐怖体験とか読んできたものが書かせてくれました。
――そこまで怖い話をしておいて、ユメに抱きつかれたアキラが「狙い通り」ってつぶやくところは茶目っ気があってかわいいですよね。
志水:もうそれが目的でやってますからね。心から抱きついてもらえるぐらいに怖い話にしなくちゃならんぞというのがありました。最初の部分でもあるので、そこが上手くいってないと聞くのをやめちゃうだろうなっていうのもあって。
――次に「EP02:心を込めて火をつけて」ですが、この話も最後にハッとするストーリーですよね。
志水:オチをつけたいっていうのはあるんですよ。明かされないから逆に怖いってパターンもあるんですけど、自分が好きな怖い話だと、最後にそうだったのかって思わせるものとか、裏切りがほしいなっていうのが出てきちゃって。今回書いた怖い話にもその裏切りが全部入っていると思います。
自分が体験したトランシーバーさんの話は、体験したまま書くと絶対にふわっとするんですよ。話はそこで終わりかってなっちゃう。そこはライターとして聞かせる話にしないといけないので、おもしろい話にできてよかったなと思います。
――トランシーバーのノイズも印象的ですよね。
さむさん:ここははっきり入れちゃおうと思って、ユメにトランシーバーのノイズ音を聞かせる動作を追記してくださいってお願いしました。
志水:基本的には好きに書かせていただいたんですけど、その部分はこうしてくださいっていうのがあって、さむさんのこだわりを感じました。
アキラ、ユメにご褒美を与えたいなという気持ちもありました
――「EP03:いつもと違う場所だから」は林間学校の話ですが、このトラックだけアキラの怪談の描写がちょっと細かくなっていて、リズム感も出ているように感じました。
志水:聞いてつまらない話って夢の話だと思うんですよ。だからこれは聞く価値のあるものだと思わせるために描写を細かくしたりとか、今まで以上にリズムを良くしたり、例えを入れてみるとかはしました。
女子高生が話してる怪談だからあんまり上手くなりすぎちゃうと逆におかしいので、この話まではあえて調整して書いているところがあるんですね。ただこの話は夢の話なので、勢いだけでやっちゃうとそういうの見たんだで終わっちゃうので。
――ユメが怖がっていることを音で伝えるところもいいですよね。
さむさん:ここはやっぱりアクションとしてベッドの上で布団の音を出すのは自然なので、それは志水さんの指示通りに入れましょうと。夢の話に音を入れるとボイスドラマみたいになっちゃうと思ったので、そこはあえて入れずに、部屋のなかで鳴る音だけにしています。
――「EP04:流れ星、見えた?」はちょっといい話になりましたね。トラックの順番は意識されましたか?
志水:ここまで怪談に振りすぎてるので、エピソード4は「これは百合ですか?」って聞かれたときに「百合ですよ」って言えるように作ってます。それと今まで怖い話をしてきたアキラ、ユメにご褒美を与えたいなという気持ちもありました。
お話はエンターテインメントだと思っているので、後味が悪いのはダメだと思うんです。1時間近く聞くわけじゃないですか。聞いてよかったなと思っていただけるものを出したい。それが怪談ものやサスペンスものだとしても、スカッとしたものは残したいなと。だからエピソード4は自分のなかで善の心というか、ファンの人に楽しんでいただけたらなっていうのがありますね。
ちょっと脱線するんですけど、自分がシナリオライターになるって決めたのは『サクラ大戦』ってゲームがきっかけなんです。自分は当時病院で働いていたんですけど、仕事が本当に大変でもう毎日目を覚ましたらまた仕事だって思って行ってたんですね。ところが『サクラ大戦』をはじめたときに、うちに帰ったら『サクラ大戦』ができるってすごいモチベーションになったんですよ。自分はこれをユーザーの人に与えたいなって思ったんです。だからエピソード4をあの構成にしたのは、自分の作品がユーザーの方の日々の活力になってほしいなと思ったからなんです。
さむさん:実はプロットの段階では、本編と予告以外で5トラック分用意してたんですよ。お風呂場でいちゃいちゃする内容だったんですけど、エピソード1から3までのボリュームが増えたので、お風呂はスキップして寝室になった。
寝室に関しては志水さんも言ってましたけど、ご褒美なんですね。もう怖がらせ終わってるので、これ以上は単純にかわいそうだし、怖がらせるのが好きなわけじゃなくて、一緒にいたくて怖がらせてるだけなので、こういう流れも全然違和感がない。最終的な目的も達成できたって感じで。
――お風呂場でいちゃいちゃは無くなったみたいですが、「EP00:お風呂場怪談」はしっかり残りましたね。時系列はどこにあたるんでしょうか?
さむさん:本編は学校から家に帰って寝るまでの1日の話なんですけど、お風呂場怪談は完全に別日、別の時間軸ですね。これは最初に書いてもらったんですよね。
志水:読んでもらって、しっかり怖かったって話を聞いて、じゃあ大丈夫だなって思ったのは覚えてますね。怖さって人それぞれなので、古賀さんとかさむさんに怖かったって言ってもらわないと、提出をためらうので、そこから安心して書けたっていうのはありますね。
お風呂場ってちょっとご褒美的なところがあるじゃないですか。
でも、正直あんまりサービスになってなかった……。
さむさん:洗い場で身体を洗うときに左腕、右腕、胸って言ってるときに、ちゃんとそこを見て声が移動するように指示して入れてもらいました。そういうのがないとなって。
もう土屋さんにお願いしたいなと最初から考えてましたね
――土屋李央さんの演技はいかがでしたか?
志水:収録のときに声を作ってもらったんですけど、1発でした。台本を読み込んで自分のなかで作ってくれたなっていうのがあって、声の感じもクールになりすぎず、かと言って少年にも振らずにいけたので、本当にありがたかったですね。
さむさん:志水さんのキャラクターで、こういう語り口ならもう土屋さんにお願いしたいなと最初から考えてました。もう自分のなかで、土屋さんがしゃべってる声が聞こえていたので。
収録のときに唯一調整をお願いしたのは怪談を語る速度感だけですね。ゆっくり読み聞かせる感じでお願いしますと。本当にそれぐらいで、収録もスムーズでした。
――織日ちひろさんのイラストはいかがですか?
志水:少しこうしてくださいみたいな話もしましたけど、ラフであがってきたものがとても良かったので、これなら大丈夫だなと思いました。
さむさん:『スピカをつかまえて』(一迅社)が好きで、表紙の絵がすごくいい絵なんですよ。志水さんの作風にマッチする作家さんって考えたときにトーンは暗いけど、キレイに絵が描ける方って考えて、織日さんにお願いできるのであれば、世界観とかキャラクター観も出せるんじゃないかと。塗り上がりも含めていい感じのイラストを描いていただいたので、お願いできてよかったです。
――百合怪談”シリーズ”となっていますが、今後の構想はありますか?
志水:構想はあります。怪談が好きなので、叶うのであれば続けていきたいなとは思っています。
古賀:いいと思った人たちは声を上げたりとか、レビューを書いたりとかいろんな方法で応援してほしいです。
――ガンガン応援します!全体としてここを聴いてほしい!というポイントはありますか?
志水:怪談の良さを知っていただきたいっていうのはありますね。怖いってだけでも聞かないって人もいるんですよ。ただ怖いんじゃなくて、話の展開とか話芸みたいなところもあるので、作られたおもしろい話なんだよっていうのが今回の百合怪談から広まって、音声界隈や怪談界隈が賑わうといいなって気持ちはありますね。百合が入っているのは間口を広げる側面もあるので、聞いていただいて怪談おもしろいじゃんとか、逆に怪談が好きで百合もいいなと思ってもらえればいいですし。
さむさん:体験ものとして作ってるので、自分のことを好きな女の子が下心ありきで怪談を語るっていう体験できるのが良さだと思うんですよ。この作品じゃないとできないことなので、これを聞いてユメになってください!
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
志水:毛嫌いせずに純粋なお話として聞いてもらいたいなってのはありますね。バーンと驚かせるみたいなものじゃなくて、お話としてしっかりしているので、物語を楽しむために聞いてもらいたいですね。
ゲームしかやらないよ、漫画しか読まないよってジャンルを閉ざすんじゃなくて、音声作品もぜひ聞いていただきたいです。
さむさん:志水はつみさんの本で、土屋李央さんの演技ってところがこの作品の売りで間違いないと思ってます。志水さんもおっしゃってましたけど、驚かせるようなことはしてないので、安心して作品の世界観に浸ってくれるとうれしいです。
古賀:唯一無二の作品にはなっていると思うので、体験してもらえば損はさせないぞ!と。体験版トラックもあるので、まずは聞いてもらえればと思います。
――ありがとうございました!