百合音声作品ブランド・SukeraSonoにおいて、いちゃラブ作品を多数生み出してきた詠野万知子氏がシナリオを手がける『ふたりで紡ぐ朝と夜~7days breaths~』が2024年7月にリリースされた。
本作は一緒に暮らす恋人との1週間をテーマに、ふたりの日常を描いている。何気なく紡がれる日々が心地よい百合音声作品だ。
ゆりりかるボイス部では、演出・ディレクターのさむさん氏、シナリオを手掛けた詠野万知子氏にインタビューを実施、作品誕生のきっかけやこだわりなど、本作をさまざまな視点から語って頂いた。


百合ゲームブランド・SukeraSparo、SukeraSomero、百合音声作品ブランド・SukeraSono 演出・ディレクター。


フリーのシナリオライター。参加した百合作品には『華枕』ノベライズや、タテスクコミックの『剣道娘は異世界でも斬り結ぶ』がある。
最初は夜だけで寝落ち専用みたいにしたらいいかなって思ってさむさんに相談したんです。そしたらぜひ朝パートもほしいとなって
――本作が生まれたきっかけを教えてください。
詠野万知子氏(以下、詠野):SukeraSonoさんで私が書いた作品には大体一緒に寝るシーンと起きるシーンがあるんですけど、出来上がったトラックを聴いたときに、それが1番幸せを噛みしめている部分だったんです。いっそこのトラックだけで作品にできないかなと思って提案しました。
――トラックは朝と夜で分かれていますよね。さむさんの発案だったとうかがいました。
詠野:私がちょっと弱気で、最初は夜だけで寝落ち専用みたいにしたらいいかなって思ってさむさんに相談したんです。そしたらぜひ朝パートもほしいとなって、一緒に考えたり、提案したりして朝と夜の構成ができました。
さむさん氏(以下、さむさん):夜寝る前のふたりの空間を作るって話で、最初に1週間分作りたいと提案して頂きました。それなら朝も一緒に起きたいなって思ったんですよ。
それをその夜だけじゃなくて、その曜日の朝のトラックを聴いて、寝る前に夜のトラックを聴いてっていうように1週間一緒に生活できるともっといいのかなって。それで朝と夜セットで提案しました。
――詠野さんはもともと朝パートもあったほうがいいなと思っていましたか?
詠野:もちろん思ってました!企画書を作っていたときは、朝も全部考えてから出すとすごく時間がかかっちゃうかなと詰まってしまって……。とりあえず夜だけやろうと提案したら、さむさんが一緒に考えてくれるっていうことだったので、よかったと思いました。
――さむさんは具体的な提案をされたんでしょうか?
さむさん:詠野さんには月、火、水あたりはこのまま進めてくださいって返しました。たとえば、木曜日あたりから2度寝のシチュエーションが被っちゃってるんで、今度はヒロインが用事があるのに寝坊してギリギリで家を出る、なんで起こしてくれなかったのみたいな展開がほしいなと思ったりして。
あとは朝はこんなことがあったよねみたいなのを夜の話にもできますよねとか。1週間通して一緒に家を出るエピソードがなかったんで、ふたりでお出かけするシチュエーションもほしいですねって提案させてもらったりとか具体的なものも伝えましたね。夜は提案というか、僕も聴きたいから入れてほしいっていうのが強かったかもしれないです。
朝夜を1週間分なんで、14個ネタを考えなきゃいけないんですよ。僕は3個しか提案してなくて、それ以外の11個は詠野さんに考えてもらったものです。
詠野:すごく助かりました。ありがたい。
会話がなくても一緒にいて楽しいみたいなのがいいなって思います
――さむさんはリスナー目線で考えていたんですか?
さむさん:基本的にはどの作品も聴き手の感覚を大事にしてますね。音作りとか編集の話になっちゃうんですけど、部屋の間取りを指定して音の配置を考えたりするんです。あとは脚本の展開とか、この時間にこのポーズで会話してるっていうのが頭にはあるので、自分で違和感はないんですけど、聴き手が前提条件を知らずに聴いたときに分かるようにしなきゃいけない。
――今回はとくに会話の間が長めだなと感じたのですが、間を取るのは勇気がいりますか?
詠野:セリフがないという意味で、間があるってことなのかなと思うんですけど、私は間がほしいってあんまり書いたことはなくて。それはキャラクターが何かしている時間なんですよね。あなたと一緒に過ごしてる時間の一部なので、勇気のいる間を作った自覚はないんです。
さむさん:僕もまったく同じです。僕らがやってることって生活とか空間の時間を切り取ってるだけなんですよ。おしゃべりなキャラクターだった場合は詰め込んじゃってもいいけど、そうじゃない場合は人間はそんなにしゃべらないよねっていうのがあって。
詠野:そうですよね。なんか心地のいい関係って、会話がなくても一緒にいて楽しいみたいなのがいいなって思います。音声作品としては矛盾してる話かもしれないんですけど、もうしゃべらなくてもいいみたいな関係に憧れます。
さむさん:その間をなるべく音で表現したりして。僕の感覚なんですけど、一緒に歩いてるシーンは足音と環境音だけでもその人が近くにいるのが感じられますし、そういう間を作ることは怖いと思ってないです。演出だと思ってやってます。
――SukeraSonoの作品では状況や環境を説明する地の文的なものを環境音だけで伝えてますよね。
さむさん:そこはめちゃめちゃ意識してますね。僕は説明セリフのようなものがあんまり好きじゃないんです。それは聴き手側で想像するし、うまいことやるのでって。いかに説明セリフじゃない会話で表現するかっていつも考えてますね。
詠野:ドラマCDの場合は、オウム返しをしたりセリフで状況説明するのも、聴き手に対しての親切だったりします。でも、その感じで音声作品を作るとちょっと違うコンテンツになっちゃうのかなって思います。
さむさん:そうですね。SukeraSonoを立ち上げたときに淡乃さん(編注:SukeraSonoの作品を数多く手がけるシナリオライター)とこれだけは気をつけようって言ったのが、オウム返しと過剰な説明セリフだったんですよ。
詠野:やっぱりお芝居っぽい感じがしますよね。セリフでは説明しないじゃないですかお芝居も(編注:淡乃氏は舞台や朗読劇の脚本・演出も担当している)。
台本にかわいいって書きながら聴いてました。「セリフをこんな風に言ってほしいな」をここまで気持ちよく再現してくれる人っているんだ
――藤田茜さん(羽衣役)のボイスはいかがでしたか?
詠野:藤田さんは勘が良いというか、仕上がってましたよね。
さむさん:藤田さんの演技は上手いってずっとびっくりしてました。
詠野:台本にかわいいって書きながら聴いてました。「セリフをこんな風に言ってほしいな」をここまで気持ちよく再現してくれる人っているんだと思ってびっくりして。セリフの助走みたいな「あ」とか「うん」みたいな言葉じゃないところもすごく良かったです。
さむさん:僕が収録のディレクションするとき「今まで声優として訓練してきたことを1回忘れてください」ってお願いしなきゃいけないんです。音声作品は呼吸の音がすごく大事なんですよ。でも、みなさんプロなので、息を殺して呼吸するのが上手いんですね。なので、最初にそれを伝えてるんですが、藤田さんはそういう説明もほぼせず、大丈夫ですって感じでやってくれました。
あと、普段の台本よりも今回は量が多いんです。トラックの長さも今までのタイトルのなかでは長いほうではあるんですが、収録時間は普段と変わらなくて。リテイクがとにかく少なかった印象があります。もう藤田さんすごいなすごいなってずっと言ってましたね。
詠野:演技で言うと、(羽衣が)外向きではしっかりした女の子なんだろうな、私(聴き手)と一緒にいるときはリラックスしているんだろうなっていうオン・オフが分かるのがうれしいなって思いました。甘えてる羽衣ちゃんを見れるのは私だけという雰囲気が出てて、そこが好きですね。
――寝ぼけてる演技とかかわいいですよね。私がこの作品を聴いたとき、羽衣の寝息に誘われて寝てしまって、次に聴いたときも同じく寝てしまって……もう安眠作品です。
詠野:ホントにそれがいい。やれたらうれしいなと思っていて、もう全然続き聴けなくなってもいいから寝てもらえたらやったー!って感じで。
――かにビームさんのイラストの印象はいかがでしたか?
詠野:ラフからもう雰囲気が出来上がっていて、かわいかったですね。
さむさん:文字コンテで依頼したんですけど、ベッドの上でふたりが寝てて、足を絡ませてほしいってどっちが出したのか覚えてないんですけど……。
詠野:書きました!生足が絡まってるのが見たいって!やっぱり裸足なのが家のなかにいる感じがあってすごいかなと。


さむさん:頭をくっつけてるのもいいですよね。
詠野:うん、かわいい!
日常に振った作品だとこの作品が今まで作ってきたなかで1番手応えがあるので、一緒に生活してほしい
――かわいいと言えば、詠野さんのセリフ選びもかわいいなと。起き上がるときの「1回縦になろう」「いっせいのーで。いくよ?」とかふたりが一緒に行動するセリフが散りばめられてますよね。
詠野:親しい間柄でだけウケてるもので、第三者が聴いたらまったく分からないネタって仲良し感が出るなと思って。一緒に暮らしてるなかで、ふたりの間だけで定番になってることを1作目からやりたかったんですけど、聴いてる人が仲間外れになっちゃうからって削除した要素があったんです。なので、今回ちゃんとできてうれしいなと思います。
――作中で一緒にプリンを食べた後に、その空き瓶が使われてる描写があって、毎日が地続きになっているのもいいですよね。
詠野:やっぱり空き瓶使うよなーと思って。私(聴き手)の趣味がハンドメイドアクセサリーって何も説明してないんです(編注:私は空き瓶をビーズ入れとして使う)。説明ちょっと書いたぐらいかな。
――ふたりの会話では説明しないほうがいいですよね。
さむさん:伝わらなくてもいいと思っているところもあって、分かる人だけ分かればいいみたいな。伝えなきゃいけないことと伝わらなくてもいいところは分けて考えてますね。
詠野:急に改めてハンドメイドをやっているって言ったら白々しさがすごいですからね。今回の作品は月曜日から日曜日までなんですけど、このふたりには絶対前の週もあるし、次の週もあるので、本当に連続している一部分になっていたらいいなって思います。
さむさん:詠野さんから今回はストーリーの展開とか起伏のない作品にしたいって提案があって。僕も記念日とか特別な感情はもうまったくなしで、本当に1年のなかの1週間を切り取っただけにしましょうって。
――作品の最後に収録されている「First Day」は最初から入れる予定だったんですか?
さむさん:プロットには書いてなかったですね。
詠野:私がすごくやりたくて入れました。以前からこういうシチュエーションが見てみたくて、今回が1番しっくりきたタイミングだったので。ふたりで引っ越し初日の何もない部屋に来て、ここから自分たちの手で生活を作っていくんだっていう期待感が伝わったらいいかなと。
さむさん:この家具をここに置いてってシーンは間取りどおりになるように移動して録ってもらってますね。「First Day」は僕が音源を聴いたときに膝を打ったところがあるんですけど、ウォークインクローゼットを開けたときに「ここを私の部屋にしようかな?」ってセリフのリバーブのかかり方がいいんですよ。もうウォークインクローゼットにいる音がするんです。
編集して頂いたCrackerJaxxさんはそういう音に強い方で、いつか一緒に仕事したいなと思っていて、『花様年華 -少女に飼われるペットな私-』に続いて、今回が2回目なんですけど、お願いできてよかったなって思いましたね。
――おふたりがとくに聴いてほしいポイントはありますか?
詠野:藤田さんが演じる羽衣のオン・オフのグラデーションを楽しんでほしいです。外モードとプライベートモードがあるなって感じながら聴いて、甘えた瞬間は、これは私だけが独占する態度なんだなって、愛おしく思ってほしいです。
さむさん:「【Day3】水曜日の夜、壁越しの気配」の壁越しのシャワーのシーンが本当に良くて。自分が先に帰ってて、ベッドの上で本を読んでるところに羽衣が帰ってくるんですけど、そこでシャワーに入るときの一緒に生活してる感じ。そこには対話もないし、お互いが好きなことをやってるんですよ。別々の空間にいるのにふたりが一緒に暮らしてる感じは今までの作品のなかで1番出せたなと思ってます。
今後もずっと好きだって言い続けるんじゃないかなって思えるシーンになったので、この世界にいる感じを体験してほしいなって思いますね。
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
詠野:朝・夜を7日間っていう構成が初めてだったので、もし良ければまたこういう形でやりたいと思っているので、ぜひ感想を頂きたいです。
さむさん:物語性に振った作品だと『イルミラージュ・ソーダ 〜終わる世界と夏の夢〜』『はつこいリターンズ!』(シリーズ)があるんですけど、日常に振った作品だとこの作品が今まで作ってきたなかで1番手応えがあるので、一緒に生活してほしいなって感じです。
――ありがとうございました!